教養学(ドイツ語)

所属メンバー

准教授渡邊 徳明

講座の特徴

 高校卒業までの学習の中で,学生の皆さんは英語を通じて西洋言語・文化に親しんできたわけですが,大学教養課程の講義では,高校時代までに身に着けた英語の素養を土台としながら,更に西洋言語・文化への多様な理解を目指します。ドイツ語は言語史的に見ても英語と近い関係にあり,単語の組成や文法構造などの点で多くの共通性を有します。授業では折に触れて英語との類似性を強調しています。  
 19世紀半ば以来,日本はとりわけ近代化の過程でドイツ語圏の国々から様々な技術や文化を輸入してきました。医療の分野でもそれは顕著です。そして今日でもなお,政治や技術,思想,芸術といった様々な面で,ドイツ語圏諸国から影響を受け続けています。
 近年のグローバル化の流れの中で,英語圏の文化と情報が世界を席巻してきましたが,実はそれら英語圏の国々の歴史を紐解いてみると,ドイツ語圏からの影響が多く見られます。その点で,欧米系の政治的・文化的さらには経済的な諸関係を考察する際に,ドイツ語圏の諸文化を理解すると更に洞察を深いものにすることが可能でしょう。
 現在このように欧米文化について比較考察する機会は必修科目の『世界を考える』および選択科目の『ドイツ文学』『多様性文化論』となっています。ドイツ語・ドイツ語圏文化,更にそれらと他の欧米諸国,また日本との比較など,さまざまな形で学生の皆さんに情報提供をしていきたいと考えています。

研究内容

ドイツ語講座の責任者である渡邊は主にドイツ語圏を中心としたヨーロッパ域内における文化の歴史と動向について研究を進めています。

渡邊 徳明 (NORIAKI WATANABE) - マイポータル - researchmap

A.ドイツ中世の英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』の受容
 『ニーベルンゲンの歌』は13世紀初頭のドイツ語圏南東部で書かれた叙事詩で,4~6世紀(古代末期から中世初期)のゲルマン民族大移動での民族の興亡やフランク王国での内紛を素材としています。この叙事詩は既に13世紀において人々の反響を呼び,その主人公である王妃クリエムヒルトの行動に対する賛否が詩の形で表明されました。渡邊はこのクリエムヒルトを揶揄し戯画的に描いた『ヴォルムスの薔薇園』(13世紀中頃成立)の研究を続けています。

B.ドイツ中世文学における愛の内面性と肉体性の相克について
 渡邊の博士論文以来のテーマですが,中世の叙事詩『トリスタン』(19世紀のリヒャルト・ワーグナーの歌劇『トリスタンとイゾルデ』の元になっている作品です)に描かれる愛が,観念的な動機によるのかそれとも肉体的(肉欲的)動機によるのか,という点を,中世の哲学の議論や同時代の他の作品との比較などから考察してきました。

C.ドイツ中世文化が近現代にどのように受け継がれ影響を与えているか
 これまで上記A.に関連して,19世紀のW.グリム(有名なグリム兄弟の弟)による中世英雄叙事詩研究におけるロマン派的な特徴と,それをその後の20世紀の研究史から眺めたときの位置づけについて考察してきました。中世の文学は19世紀以来,同時代の思想的風潮の変化に伴って,捉えられ方も時代時代で大きく変わります。それを研究する関連で,近現代思想の歴史をも追っています。

 その流れから,B.に関連し,中世以来(そもそも古代ギリシャ時代以来)の愛に関する思想的伝統が,19世紀から20世紀における人文系の議論にどのような影響を及ぼしたか,ということに関心を払って研究を進めています。とりわけ,「愛と死」というコンビネーションは12世紀以来ヨーロッパで芸術的テーマとしてしばしば取り上げられてきましたが,それは高貴なる価値として美化される一方で,悪魔的な情動という暗いイメージをも伴ってきました。その捉えがたい「何か」を,20世紀前半に精神分析の分野で活躍したフロイトやその後継者たちは,人間の意識では捉えられない無意識の領域に巣くう不気味な力の構造として探りました。これは1900年前後にヨーロッパで起きた,近代的思想潮流からの離反とも見られるもので,その過程で中世的な思想が復活しているとも言えます。つまり人間の存在は理知によって把握しきれない部分がある、と考えられるようになったと言えます。とりわけ1920年代前後の時期のヨーロッパ思想に見られる虚無的感覚および不安についての議論は多かれ少なかれそのような理知とそれに基づく意識の相対化に起因するでしょう。(これについて渡邊は2018年から2023にかけて学会および論文で考察を発表しています。)

 D. 現代的な課題との関連において
 前段落の問題は,百年も前のテーマだと思われるかもしれませんが,その後の20世紀における思想的議論に大きな影響を与えてきましたし,21世紀に入り近年では新型コロナウィルスの感染拡大,ウクライナでの戦争によって世界的に人々の間で価値観が動揺する状況において,人間の理知・理性についての限界を感じさせる事態に人類は直面しました。更に近年、人工知能の開発・進歩があり、そもそも合理的・論理的に思考するという面において人間は人工知能にかなわなくなってきました。論理性と蓄積データに基づいて人工知能が出す様々な知見や判断に対し、人間的存在を特徴づけるのは、その精神や行動が非合理性・偶然性を含む部分となるでしょう。それを汲み取ることが人間の仕事の本質であり、人間であるとは何であるのか、AIでは捉えきれない人間性とは何であるのか、という問題はますます重要になるでしょう。本講座においても、文学や思想、芸術作品について論じる中で、それらの問題にも取り組んでいきたいと考えています。

ページのトップへ